三陸海岸ツーリング
1980年9月
昨年に続いて恒例となった秋のツーリング
日本の半島巡り第三弾は三陸海岸を北上し東北地方の東海岸制覇を計画した
牡鹿半島を始め大小いろいろな半島がたくさんのリアス式海岸は半島の宝庫
相棒はRG250で今回は初めてキャンプもする予定
すでに釣りを始めていた頃で釣り雑誌で見た東北のビール瓶サイズのアイナメに魅かれた
三陸の海なら餌を投げ込めば大物は釣れたも同じだ!
投げ竿にクーラーBOX持参で巨大アイナメを釣り上げる甘い計画も立てていたのだ
寝袋やテントは社内の友人の兄で取引先でもある人に借りて
あわよくば北海道上陸までもと夢見て旅立った
例によって昔の話なので記憶はかなり薄れている
覚えている範囲で書き留めていこう


1日目 9月6日(土) 自宅−仙台

相変わらず一般道を使って北上したが思いのほか時間がかかり途中一部区間は東北道を使い夕方仙台に到着
このころ東北道はまだ全線開通していなかったと思う
東北道は路面の縦皺に微妙にバイクのハンドルが取られ運転しづらく
また季節柄シールドにバンバン虫(赤とんぼとかバッタ)がぶつかって来て恐かった
仙台空港の明かりが近い海岸で野宿する事に決定
本当はもっと先まで行くつもりだったが初日から予定が狂った
トイレが近くにある砂浜にテントを立てて初めての野宿
初めてのテント泊は意外と良く眠れたのでこの時からキャンプ適性は高かったのだろう


2日目 9月7日(日) 仙台−鮎川

仙台市内をパスし松島を横目に海岸沿いを走り石巻から牡鹿半島へ
鮎川で鯨博物館を見学、かっての捕鯨の町の歴史を学ぶ
夕方鮎川港の桟橋で釣りをしてアジとサバが釣れたので宿で料理してもらった
この時はまだ魚の見分けも出来ず「この魚何ですか?」と聞いたっけ
この日の宿は国民宿舎「コバルト荘」
釣果は塩焼きと煮付けで夕食をにぎわしてくれた


3日目 9月8日(月) 鮎川−唐桑半島−陸前高田

北上川の河口を渡り気仙沼から唐桑半島で巨釜・半造を見てまた釣りをした
 巨釜 高さ16mの石柱が海中から突き出している
 釣果は小さなメバルが2尾
釣りばかりしているから全然距離が伸びず三日目にしてやっと岩手県に入った

場所を替えて再び竿を出したが釣れたのは小さなハゼばかり
高田の松原の松林の中の閉鎖中のキャンプ場にテントを張り焼いた魚をおかずに夕飯を食べた

  高田の松原

4日目 9月9日(火) 陸前高田−山田半島

海岸線をくねくねと走るが相変わらず進みが遅い
碁石海岸・大船渡・越喜来湾・吉浜湾・唐丹湾・釜石湾・大槌湾・船越湾と山と海岸が交互に現れる
山田湾に無数に浮かぶ養殖イカダを見ながら近くの国民宿舎を本日の宿とした
ちょっとした丘の上の宿だったが名前が出てこない

  




5日目 9月10日(水) 陸中山田−鯔ヶ崎−姉吉キャンプ場

朝の漁港に数え切れないくらいのカラスが集まっていて非常に不気味な思いをした記憶がある
この日は本土最東端の鯔ヶ崎を目指す
鯔ヶ崎までは重茂半島の姉吉という集落から往復2時間くらい山道を歩いた
岬の灯台は断崖絶壁の上にポツンと立っており途中すれ違う人もなかった
姉吉の港で釣りをするがこの日も巨大アイナメにはお目にかかれず小さなアイナメしか釣れなかったが
近くで作業していた地元の漁師に取りたてのホタテとホヤをもらって豪華な夕食になった
初めて食べるホヤは直後に飲んだ水が信じられないほど甘く感じられ(漁師がこれが美味いと薦められた)
焼き立てに醤油を垂らしただけのホタテの美味さもたまらなかった
夜になって天候が悪化し一晩中強風が吹き荒れて何時テントが飛ばされるか気が気ではなかったが
朝を迎えテントは飛ばされずに済んだもののテーブルの上のビール瓶は砕け散っていた
この日がこのツーリングでは一番印象に残る日となった

本州最東端の灯台


6日目 9月11日(木) 宮古−竜泉洞−仙台

重茂半島の最高所「月山」に登って眼下に眺めた宮古湾と浄土ケ浜は絶景だった
明日でとうとう休みも終わり、青森までもたどり着かずに時間切れになってしまった
田老から内陸に入り竜泉洞を見学してから帰路に就く事にしR340で仙台へ引き返す
夜までに仙台に戻り宿泊先を探すためあちこち電話したがどこも満室
仕方ないのでオールナイト上映の映画館内で仮眠したがほとんど眠れなかった

浄土平




7日目 9月12日(金) 仙台−自宅

仙台から4号線で一気に帰る
途中交際中だった妻の実家竹ノ塚に寄り道してから自宅に戻った
(当時毎日のように会っていたので一週間会わない事など無かったと思う)
初めてのキャンプツーリングであったが中々楽しかった
さて次はどこに行こうと考えていたが結局このあと20年以上もバイクでの
ロングツーリングを中断してしまった
仕事が忙しかったのもあるがクルマに乗るようになってからバイクに乗る機会が
めっきりと減りそのうちバイクも手放してしまった
(そして20代後半から40代まで酒に時間と金を費やす人生が続くことになるのだ)
再びバイクに乗るのは30代半ばのフュージョン購入後だがほとんど通勤用で
あまり遠出をすることはなかった
バイクでの半島巡り復活は2002年のアヴェニスでの東北ツーリングまで待たねばならない

初めてのキャンプツーリング経験
キャンプと国民宿舎を交互に利用した旅だったが
泊まる場所も決めずに行き当たりばったりでその日の宿はその日に決める
遠い記憶の中に埋没してしまいそうだが
自分のツーリングスタイルの原点とも言える旅だった